2020年7月9日木曜日

⓼嘘のような池袋

その頃、僕は九州の大学で教養部を終え、西武

池袋線の富士見台駅の叔父の家に、短時間では

あったが、居候して水道橋にあった研数学館学部

予備校に通っていた。

朝夕の通勤電車は超過密で、電車が池袋に着くと

連結器横の進行方向に向いたガラスの小窓が、人

の圧力でガチャーンと押し割れることが多かった。

その頃の池袋西口は駅前に大きな紙問屋さんだけが

目立って、裏通りにフランス座という映画館が健在

で、三越はまだ無かった。

一度東口に行ってみたいと、西口から東武デパート

のある東口への通路がある筈だと思った。

西口から左方向への道は、今と違って山手線の土手

に沿った暗い道で、一本の暗渠が線路下を潜って

いるらしかった。

暗渠のトンネルの手前でスカーフを被った女性に、

袖を引かれた。

「ねえ、遊びましょうよ」怖くなった僕は、来た

道を帰ろうとした。

「学生さんね。帽子貰っちゃうわよ」と僕の登山帽

を取って、トンネルに入って行く。

付いて行ったら、捕まる。

怖いから、そのまま引き返した。

定年退職後、西口の特許事務所に通った時代があり、

暗渠の在りかを探したが、ビルの谷間で見つからな

かった。