2013年7月13日土曜日

北海道奥尻島大津波20周年

昨日7月12日は北海道奥尻島の大津波の20周年だと、報道各社が伝えている。

もう20年になるんだあー!あの夜の記憶が蘇る。
TDTの常務取締役北海道工場長の肩書きで北海道恵庭に作った工場に赴任した年だった。
ちょうどその時は、親会社の 社のアンテナ工事応援に奥尻島にTDT社の社員計11名が出張していた。
地震と津波の情報があってから家で飛び起きてから、電話で情報集めに躍起であった。
出張員の安否が心配だ!親の社の人たちも元はと言えば同僚だ。
朝方になって、ようやく社員の全貌が掴めてきた。
出張員たちは、僕も泊まったことがある港を見渡す正面にあったホテルに泊まっていた。
食事が終わってから、仕事で借りたレンタカーで、埠頭の先端に釣りに行っていたらしい。
夜10時頃、大きい地震があった。
慣れていないので埠頭で、まごまごしていた時、誰か(地元の人だろう)が「津波が来るぞう!」と叫んだと言う。
全員レンタカーに飛び乗って、海岸に走った。埠頭のコンクリートがさっきの地震で割れている!
レンタカーを捨て置いて、全員割れ目を飛び越えて、ホテル脇の路地坂を走って高台に逃げた。間一髪、レンタカーは流されたが全員無事だった。
港の機能は全壊、ホテルも全壊、特に僕らが行ったことがある奥尻島の南端・青苗地区は何十メートルもの津波と火災で報道されたとおりの惨状だった。
出張員の全員無事を喜んだ出張員まとめ役のOG君は、その後急病死してしまったが、あのときの様子を嬉しそうに話す笑顔が忘れられない。