2020年7月9日木曜日

⑩洋酒天国

今の若戸大橋(戸畑ー若松間)が出来る前の

戸畑側起点付近の電車通り浅生に面した一角

に、小さいトリスバーがあった。

店は気のいいマスター1人だけだ。

昭和33年(1958年)、渡船に乗って向こう

岸の若松の時計屋さんのお嬢さんの家庭教師

に行った帰りには、大抵そこでトリスのハイ

ボールを飲んでいた。

「洋酒天国」という小冊子はその頃トリス

ウイスキーを出した寿屋の宣伝誌だった。

開高健の文と柳谷良平のトリスオジサンの

絵が新鮮だった。

洒落た文とウイットに富んだ絵などに夢中に

なりマスターから毎号頂いて帰った。

そのうち、近くの高峰町の下宿を出て大学寮

の音楽部室に入り、男性コーラス「メンネル

コール」活動にハマってから、すっかりトリス

バーにご無沙汰した。

が、開高健が小説家になってベトナム戦の戦場

記者として従軍したこと、イトウなど大物魚を

狙うハンターとして世界の奥地に冒険をするなど

はフォローしていた。

そのうち「洋酒天国」の復刻合本が出るに及んで、

全冊買い戻して楽しんでいた。

亡弟が、定年後に会社の友達と3人で「200歳

トリオ演奏会」を開いたり、バーテンダー学校

に入り、小さいながら笹塚にバーを開いた時、

記念にその「洋酒天国」復刻本をあげた。

彼はTV番組「人生の楽園」に夫婦で出演した

のを最後に古希直前に早世してしまった。

今でも、「洋酒天国」は文庫本になって

思い出の縁(よすが)になっている。