南部病院で約1か月入院後、リハビリの磯子中央
病院へ転院した。
車いすごと乗れる福祉タクシーで転院した。
自宅は途中にあるので、途中寄って貰ってスロー
プ工事中の玄関周りだけ見えた。
コロナ消毒など長い手続きを終えて病室に案内さ
れたのが5時過ぎ、ややあって大勢が夕食を待っ
ているTVがある広間に車椅子で連れて行かれた。
車椅子での待機は1時間にも及び、スマホで遊ん
でいたが腰痛は耐えられないほど酷くもう懲り懲り。
口が利けないので、メモを書き以後はベッドで食べ
るよう嘆願した。
食事盆が到着するまで、ベッドで寝て待つ利点があ
る。
毎朝7時ころ2人の看護師さんが来て紙オムツの尿
パッド点検が来て、朝食後9時前に、リハビリの
便利のために看護師さんたちが紙おむつから紙パン
ツに交換する。
一方、その前に各リハビリの先生方がベッド脇の
予定表に今日の予定時刻を書いていく。
午前9:20金子PT.先生、午後2:00OT.養老先生、
午後4:20田中ST.先生という具合である。
金子pt.先生は美人で背が高い方で姿勢が良い。
足の脆弱を骨盤姿勢や筋肉の凝りから見抜きマッサ
ージしていかれる。
小田原の国際医療大学出身らしいベテランとお見受
けした。
僕の骨盤右足関係は前回の後遺症発生から16年間
も足が開く現象が欠点であったらしい。
立ったり歩いたりするときの重心安定の元になるこ
とを教わった。
そういえば、16年前のリハビリで大きい右足の装
具を作ったことがあった。
靴が履けないや邪魔くさいので自然着けなかったが
この時、既に欠陥があったのだろう。
金子先生の素晴らしいところは患部の欠点の説明と、
リハビリの次の手を常に予定されていることには驚
く。
口が碌に利かなくなった僕の意見も文字盤を使って
聞き取ってくれた。
今も毎朝ベッドからwhillに移る度に、左足で立って
次に左足の向きを確認しながら左右に体の重心移動
を確かめるのである。
訪問家庭リハビリ退院を調査から終始援助いただい
たのは金子PT.先生と養老OT.先生だった。
入院中各先生に大学在学中の実習生が付いたが、自
分の学生時代の工場実習が思い出されて、一人前に
付き合ったつもりだ。