2007年7月29日日曜日

試験場のグラタン

 わが国のロケットなどの試験をする新島射爆場で住民が賛否二つに割れて試射を受け入れるかどうか争ったということを語りとして聞いた頃、われわれは新しい誘導弾の開発に取り掛かった。
 島の南端の海を見下ろす峠にはその時の反対派スローガンを掲げた大きい碑の建築物が建っていた。椿と流人の伝説とやさしい人情の島は事件でずいぶん変わってしまったらしかった。
 
 われわれはファイヤーコントロールレーダーの試作機第1号を始めて島に持ち込んで試験を始めたばかりであった。われわれレーダー班より数年前から誘導弾(ロケット)部分の試験は既に始まっていたので言わば仲間内でも後発だった。後発組は同じ社の中の者でも担当部位間で陰に陽にいびられるものである。ましてやそれぞれのトップ同士が犬猿とまで行かなくてもそりが合わない場合は始末が悪い。部下までも染まりやすい。
 
 それは別として官費借り上げの試験隊は旅館や民宿に分散して宿泊した。最初の年は島で唯一のF旅館に泊まった。島に慣れた組は試験担当の各班で民宿に泊まった。朝試験場に行くトラックがやってくるのを旅館前のくさや店前で待っている。てんでに乗り込むと、次の民宿にまわってまた人員を積み込む。山のふもとの試験場本部に寄り車は山道に入る。新島特有の砂地の道は雨が降ると雨水で流れ溝が深くなったり崩れたりする。米軍のスクレイパーらしき機械でしょっちゅう補修する。
 山の途中に昔の新島噴火口があって抗火石の噴出を思わせる。噴火口の近くから試験場のある岬の台地を見下ろす峠に着く。台地の先端に灯台があり、沖に大きい無人島早島が見える。

 レーダーの試験はこの岬の一角から無線操縦の無人標的機を飛ばしそれを発見し追尾動作でロックオンする。試作1号機はフェーズド・アレイ・アンテナで電子走査して目標を発見し、これにロックオンして追尾をする。追尾系は機械追尾であるから大きくて重いアンテナが動くので土台がしっかりしなければならない。残念ながらこの点では小トレーラー移動式の1号機には無理があった。追尾機能も電子化を進めることにした。

 ところで、官費で雇われ人員の試験場での昼食は官側試験隊のように部隊食がないので自分たちで弁当を手立てする必要がある。しかし、この頃のコンビに弁当などというものがない時代、宿でおにぎりを造ってもらうか前の夜のうちにパンでも買って置くしかない。次第に不便さに耐えられなくなってわれわれの班は登山用具を持ち出して自炊することになった。最初は飯だけで後は缶詰がおかずだったが非番の連中が得意の料理を作るようになった。官側の昼食のおかずに負けじとばかり段々腕を上げカレーなどは朝飯前、ついにはクリームグラタンやマカロニグラタンが出来るようになった。料理の得意なコーちゃんが腕を振るった。良い匂いが試験場に漂い官側も放っておけなくなったものと見え、部隊食を有料で供給してくれるようになったので、試験場のクッキングはこれきりになった。
 
 漫画みたいな誘導弾システム開発初期の話である。